亡くなった伯父とコーヒーの香り
コーヒーの思い出と言いますと、数年前に亡くなった伯父が思い浮かびます。
伯父は大好きな父よりもさらに好き、私の憧れの人でした。ダンディで海外赴任が長かったせいか、普通のお父さん世代とはちょっと違います。伯母と二人で選んだという素敵なインテリアに加えて、綺麗好きの伯母がいつもショールームのように片付けてあり、伯父自慢のオーディオで伯母と三人でミスチルを聴いたり、恋バナに花を咲かせたり、伯父の家にはいつもおしゃれでゆっくりとした空気が流れていました。
伯父はお酒があまり強くないこともありましたが、とにかくコーヒーが好きな人でした。しかも、料理も掃除もしない人でしたが、コーヒーには一家言あり、いつも伯父がコーヒーを淹れてくれました。どんなに忙しい朝でもコーヒーだけは自分が淹れる、それが伯父でした。
当然ですが、伯父はコーヒー豆にはうるさく、どこどこに良い豆が入ったらしいと聞くとすぐ取り寄せたり、わざわざ足を運んだりしていたそうです。伯父の家に行くと、まずコーヒーを伯父が淹れてくれる、「で、最近どうなんだ?」とニコニコ私に話しかけてくれる、今思い出しても涙が出そうになります。コーヒーの香りはまさに伯父の香りでした。
ところが、数年前体調を崩し、あっけなく伯父は亡くなってしまいました。もっともっと話したいことがあったのに、こんなことだったらこのことも話しておけばよかったと悔やまれることばかりです。
ただ、伯父が亡くなってからも伯母は毎朝コーヒーを淹れることを欠かしません。そして、お仏壇に必ずコーヒーを供えます。その香りを嗅ぐと、あたかも伯父が部屋から出てきそうな錯覚を起こしそうになります。しかし、伯父が淹れたコーヒーとはやはり違っている、それが私を無情にも現実に引き戻すのです。
香りというものは人の記憶に残りやすいと言います。ただ、香水は好みがありますし、他の匂いにも好みがあります。しかし、誰しもが心が落ち着く香りがある、それは思い出に直結する香りなのです。その際たるものがコーヒーではないかと私は思うのです。