ブルーボトルコーヒーの成長背景と日本進出の真意に迫る
米国西海岸・オークランドのコーヒー焙煎所であるBlue Bottle Coffee(ブルーボトルコーヒー)は、2015年2月6日にオークランド、ニューヨーク、ロサンゼルスに続いて4都市目である東京の清澄白河に進出。
ブルーボトルコーヒー誕生の背景
ブルーボトルコーヒーは2002年にジェームス・フリーマン氏が開いた独立系のコーヒー焙煎所です。フリーマン氏は元クラリネット奏者であり、マイクロソフトに買収された音楽関連のテクノロジー企業Bongo Musicに勤務していた経歴があります。
フリーマン氏が焙煎所を作った方法や、味へのこだわりについては、『Blue Bottle Craft of Coffee』(Amazon / Kindle)に詳しく書かれています。また、この本からはフリーマン氏の真摯な姿だけでなく、彼自身の面白く、かわいいキャラクターを垣間見ることができます。
もともとフリーマン氏はコーヒーが好きで、クラリネット奏者時代には演奏旅行先でも美味しいコーヒーを飲めるようにと、自分で焙煎していたといいます。しかし、彼のコーヒー遍歴は必ずしも恵まれたものではありませんでした。
フリーマン氏は著書の中で、アメリカでよく流通している缶入りのコーヒー豆について、「プシュッと缶を開けた瞬間の香りは最高だが味はひどい」と書いています。また、「ポッド型のコーヒーは最悪」などと、彼自身のコーヒへのこだわりや思いを、時には皮肉を交えながらも次々と読者に語りかけます。
そんなフリーマン氏が自分の焙煎所をスタートさせる地として選んだのは、サンフランシスコの対岸にあるオークランドという港町でした。
オークランドは西海岸における船舶物流の一大拠点であり、なかでもコーヒーの生豆の陸揚げ量は全米でも最大規模を誇っています。また、コーヒー文化としてはイタリア街やゴールドラッシュなど東海岸やヨーロッパとは異なる傾向がありました。
ブルーボトルの焙煎所がある近所には、オークの薪を使った焙煎とエスプレッソマシンの流通・修理を手がけるMr. Espressoの焙煎所も1970年代からありますし、生豆を流通させるだけでなく、焙煎のノウハウを惜しみなく提供するため「コーヒーの大学」と言われる卸のスイートマリアズも店を開いています。
また、ブルーボトルの成長に欠かせなかったのは地域の食生活の充実です。
オークランドの隣町であるバークレーには、「カリフォルニア料理の母」と言われる伝説的レストラン・シェパニーズがあります。この店で働いたシェフやパティシエ、スタッフなどが次々とサンフランシスコを含め周辺の地域にレストランをオープンさせています。さらに北に向かって40分ほど行った場所にはワイナリーと超高級レストランのナパバレーがあります。
ブルーボトルコーヒーの創業と成長の背景にはフリーマン氏のコーヒーに対するこだわりと、創業の地であるオークランド周辺の食文化、コーヒー文化があったと振り返ることができます。
ブルーボトルコーヒーの特徴
前述したようにオークランドという地の利は、ブルーボトルコーヒーに対してとても大きな影響を与えました。同時に、アメリカの地方都市が持つ小規模の地元ビジネスを支えるという消費動向も初期の企業成長を助け、さらに現在の原動力となっていることでしょう。
ブルーボトルコーヒーについて日本では”コーヒー界のアップル”と呼ぶ記事を見かけますが、地元ではほとんど聞かない評価です。それはアップルに対するカリフォルニアでの老舗企業であるという尊敬の集め方もありますが、現在のアップルと比べるならば真逆のビジネスと言えるからです。
ブルーボトルコーヒーとアップルの共通点として「ガレージで始まったから」というものがありますが、アップルの創業者のひとりであるスティーブ・ウォズニアク氏は最近、「ガレージから始まったというのは言い過ぎだ」と否定していますし、ブルーボトルコーヒーはガレージではなく、オークランドのレストランから納屋を借りて焙煎していたということです。
その焙煎した豆をカートに入れ、周辺で毎日開催されるファーマーズマーケットへ持っていき、1杯ずつコーヒーを目の前で淹れたことがブルーボトルコーヒーの始まりです。
そのコーヒーが地元で評判となり、前述のシェパニーズのオーナー、アリス・ウォーターズ氏がキュレーションを行ったフェリービルディングにもカートを出店することになりました。フェリービルディングはサンフランシスコのグルメ拠点です。
こうしてブルーボトルコーヒーはサンフランシスコの人々に広まり、「面白いコーヒー屋がある、並ぶけど」と評価を受け、常設のコーヒースタンドを市内のヘイズバレーに出店しました。
現在、市内では多くのカフェやレストランがブルーボトルコーヒーの看板を掲げています。ブルーボトルコーヒーは地元のお店に対してスモールネットワークを構築して自分たちの豆を扱ってもらい、豆の流通量を増やしてきました。
同時にブルーボトルコーヒーの焙煎所では”パブリックカッピング”が毎週2回行われています。これは一般の人々のコーヒー豆に対する理解を深める活動で、無料で開催されています。また、ブルーボトルコーヒーの豆を扱うカフェなどに出張し、コーヒーの淹れ方についてその店のスタッフや顧客に対してレクチャーしています。
顧客やお店に対して、さらには競合相手であるほかの焙煎所に対しても非常にオープンであり、知識の共有をはかる姿勢はブルーボトルコーヒーの活動の特徴でした。
スモール、ローカル、オープン、シェア。
これらの言葉を並べてみると、現在サンフランシスコ周辺で人気となっているモバイルアプリのスタートアップ概念に共通することがわかります。
このような面からもアップルと例えることは不適切でしょう。巨大なグローバル企業がその秘密主義で世界の人々を驚かせながら、毎年割高の製品を顧客に購入させるのではなく、一般の人々が毎日楽しめるコーヒーを作る。
このシンプルですが最新のテックスタートアップの流れにつながるようなことを、食という分野で行っているのがブルーボトルコーヒーなのです。
ブルーボトルコーヒーには巨額の投資がGoogle Ventures等から行われました。これによってロサンゼルスのHandsome Coffee Roasterや、自社のウェブサイトを刷新するためにコーヒー豆の購読型オンライン販売システムを持っていたTonxを買収するなど、スタートアップ的な資金調達や買収戦略も実施しています。
日本進出に対するブルーボトルコーヒーのジレンマ
ブルーボトルコーヒーは最初の海外進出国として日本の東京を選びました。しかし、冷静に判断すると韓国の方が若い世代のスペシャルティコーヒー市場がすでに形成されていますし、市場の成長という観点では中国やシンガポールの方が期待できます。
それでも創業者のジェームス・フリーマン氏が東京を選んだ理由として、『サードウェーブコーヒー読本』(枻出版社、2013年)に掲載されているインタビューによると彼は日本語を勉強するほど日本が好きで、同時に日本の喫茶店で触れたコーヒーの味、器具、ホスピタリティ、空間といったコーヒー体験が転機になったと答えています。
インタビューの中でも「日本のコーヒー文化に触れたことが、ブルーボトルコーヒーの成長を早めた」と答えているように、日本の喫茶店におけるコーヒーの流儀をブルーボトルコーヒーにも取り入れたいという思いが、現在まで続く豆の焙煎や品質へのこだわり、新鮮さ、さらに丁寧に1杯ずつ淹れる提供スタイルなどのように、ブルーボトルコーヒーのコーヒーをより成長させたとのことです。
そのようなコーヒー文化を持つ日本にチャレンジしたいという氏の思いから、東京が初進出の土地として選ばれました。
しかし、サンフランシスコと比べて東京という都市は様々な状況が異なります。これはコーヒーに限った話ではなく、様々なモバイル系のスタートアップがぶつかっている壁でもあります。
“都市に存在している問題や環境が違いすぎる”のです。
例えば、サンフランシスコで”いつでもタクシーに安心して乗れるようにしたい”という問題解決を行うモバイルアプリUberがあります。
流しのタクシーはなく、電話をかけて予約してもいつくるかわからないという既存のタクシーの問題に対し、スマートフォンの位置情報を使用して近くにいる空いているタクシーを呼び、決済までアプリ内で済ませることができるUberは、もはやサンフランシスコ市民の中では生活必需品ともいえるアプリ。
そのUberも東京に進出しましたが、そこには東京とサンフランシスコの大きな違いがありました。
そもそも東京では比較的簡単に流しのタクシーを捕まえることが可能で、予約を行えばほぼきちんと時間通りに来てくれます。東京ではUberが解決した問題が特に発生していなかったのです。
さらに、日本で一般の車がUberを使用して商売をしてしまったら、いわゆる白タク行為となり違法となってしまいます。
Squareは小規模な店舗や屋台において、スマートフォンからクレジットカードの決済が可能となるアプリ。こちらも現地ではなくてはならないサービスとなっていますが、日本ではカード決済よりも現金支払いが主流であり、サンフランシスコほどクレジットカードが使えないことが問題になりません。
OpenTableはレストランの予約アプリ。しかしこちらも日本の食文化と店舗に対する感覚の違いから上手くいっていません。
日本でいう”行きつけの店”、”良いお店”でも、予約をしないでふらっと立ち寄りたい店が多いもの。もし行こうと思っていた店がいっぱいで入れなかったとしても、その周囲には次の”良いお店”候補があり、アプリを開くまでもありません。
このように、スタートアップの東京進出という観点でブルーボトルコーヒーを見てみると、どのような壁にぶつかる可能性があるのでしょうか。
まず日本では、おいしいコーヒーがどこでも手に入ります。コンビニコーヒーのレベルは近年格段に上がっていますし、スターバックスは本国の店よりも綺麗で丁寧にコーヒーを淹れてくれます。そして町の喫茶店ではフリーマン氏も学んだような最高のコーヒー体験が存在します。
そもそも、おいしいコーヒーという概念が西海岸と東京では異なります。西海岸は明るい酸味とクリーンな口当たりを得意とするおいしさであり、苦みやコク、深みといった日本のコーヒーのおいしさとは正反対です。
さらに東京ではオークランドのようにコーヒー豆の陸揚げ地という地の利はありませんし、焙煎士も多くはありません。そして一番やっかいなのは水の違いでしょう。
同じ豆でも水が異なれば味は変わってしまいます。
ブルーボトルコーヒーが東京で成功するには、コーヒー豆の焙煎レシピである”プロファイル”を大きく東京向きにカスタマイズ、ローカライズする必要が出てくるでしょう。
日本のコーヒーデルタ地帯のリーダーになれるか?
ブルーボトルコーヒーが東京で成功できるかどうかの焦点は、オークランドでの創業当初のように地元の顧客やカフェ、同業者と寄り添うことが出来るかどうかが大きなポイントとなるでしょう。
清澄白河というブルーボトルコーヒーが選んだ場所は、日本のコーヒーにとって非常に特徴的で面白い場所です。
もともと隅田川沿いには大きな規模の焙煎所があり、そのほかにhe Cream of the Crop Coffeeの焙煎所、サードウェーブを地で行く独立系のARiSE COFFEE ROASTERS、そしてニュージーランドのALLPRESSも焙煎所とカフェを構えているコーヒー地帯。
さらに周辺は清澄庭園、木場公園、富岡八幡宮、江戸東京博物館などが存在し、運河も発達した散歩するにはとても気持ちの良い文化的な地域でもあります。そして周辺には多くの人々が住み、生活しています。
近年、海外から取り入れ爆発的にヒットしたが、やがて廃れていくパンケーキやポップコーンのような一過性の流行ではなく、しっかりと地域の人々の生活に定着させることができるかどうかが勝負になるでしょう。
前述のように課題は多くありますが、それらを乗り換えながら5年、10年と長く続けられるビジネスの土台が作れるかどうか、ブルーボトルコーヒーの動きに注目です。
そして日本の多くの人々がブルーボトルコーヒーのコーヒーを日常的に飲み、これは生活必需品だと笑顔で話す日が来た時、創業者ジェームス・フリーマン氏にとって最高の日本への恩返しとなることでしょう。