シアトルズベストコーヒーはどこまでコーヒー市場を席巻できるか

コーヒー豆の焙煎と販売を主たる業務としたシアトルの小さなコーヒーショップ・スターバックスを変革し、今のような世界企業にまで育てたのは現CEOのハワード・シュルツ氏。

シュルツ氏は、イタリアで見たカフェ兼酒場「バール」でのエスプレッソ文化をヒントに、それまでのアメリカにはなかった深煎り豆を用いた濃いコーヒーを出すサービスを開始し、それが爆発的な人気を得たのです。

シュルツ氏は当初、あくまでエスプレッソを中心としたカフェラテやカプチーノのみでの商売にこだわっていました。投資者を募り、どんどん支店を拡大していくという商売人としての顔の裏には、本格エスプレッソにこだわる職人的な面もあったわけです。

支店がシアトルを中心とした数店舗のうちはそれでもよかったのですが、アメリカ国内に支店を作り、会社の規模が拡大していくと様々な顧客に対して柔軟な対応をする必要が出てきました。

例えば、スターバックスラテのミルクをオプションで豆乳に変更するなどというサービスもその一つ。そうした流れの中、シュルツ氏の最大限の妥協の元に生まれたのが現在の冷たい方のドリンクの主力商品である「フラペチーノ」

スターバックスがフロリダに進出したときのこと。温暖なフロリダの顧客から冷たいドリンクが欲しいというリクエストが多数寄せられました。シュルツ氏はそれでもエスプレッソをおいしく飲むには温かくならないといけないと主張します。そんな頑ななシュルツ氏に、顧客の要望に合わせたメニューを出すべきだと意見して認めさせたのがミシェル・ガス女史。

こうして、スターバックスのエスプレッソにミルク・クリーム・氷を加えてミキサーにかけた「フラペチーノ」が生まれました。フラペチーノは「フラッペ」と「カプチーノ」を混ぜた言葉です。今では言葉の由来を離れてコーヒーが入っていないフラペチーノのラインナップも登場しています。

ガス女史は、フラペチーノ自体だけではなく、カップにかぶせる半球の蓋や緑色のストローなど外見の部分にも関わり「町で持ち歩いたときに目立つ」ことで同業他社と差別化するための戦略を推進しました。いわば、フラペチーノという商品パッケージ全体のデザインを行ったと言えるでしょう。

そんなガス女史はワシントン大学でMBA=経営学修士号を取得した才媛。化学エンジニアとしての一面もあり、スターバックス入社前にもP&Gで新商品開発などに携わっていました。

スターバックス入社後はデータ重視のプレゼンテーションや分析を行い、売り上げがかんばしくなかった新製品について、配送費や作るのにかかる時間などのデータをシュルツ氏に示し、販売中止にするなどといったこともありました。

そのようにしてシュルツ氏の信頼を得ていったガス女史は、2009年、2003年にスターバックスが買収していたものの、業績が悪かったシアトルズベストコーヒーの事業立て直しを命じられました。

ガス女史がシアトルズベストコーヒーで最初に行ったのはコーヒー豆の販売促進。コーヒー豆を5種類に分類し、5番を一番深煎りの「勇気と自信を深めたい人向け」、1番を浅煎りの「青空を見上げてコーヒーを飲むのが好きな人向け」などというように、単なる焙煎の度合いや味の違いだけではなく、それと気分を組み合わせた戦略を用いました。

また、シアトルズベストコーヒーの規模を親会社に対抗できるまでにするとして、カフェメニューについてはスターバックスの高級志向とは違う、気軽に飲める「そこそこの味」という選択により、普段スターバックスに行かない層の顧客の獲得を目標に据えました。女史がシアトルズベストコーヒーで目指したのはいわば「ノーブランドコーヒー」の味です。

その結果、シアトルズベストコーヒーに活気が生まれ、女子の目論見通りアンチスターバックスの顧客を取り込んで、ガス女史が社長になった時点で325店舗だったものが、1年で12倍にも増大。カナダにも進出することになりました。

また、デルタ航空の旅客機や、クルーズ船運航会社ロイヤル・カリビアン・クルージズの旅客船、バーガーキングやサンドウィッチチェーンのサブウェイでもシアトルズベストのコーヒーを提供する契約を結び、会社のオフィス、病院、大学の校舎などには自動販売機を設置しています。

しかし、それでも本社・スターバックスによる目標10億ドルには届かず、ガス女史は目標達成のためにコンビニやドラッグストア、個人商店までターゲットに入れ、更なるシアトルズベストコーヒーの販路拡大を推進。小売店を10万店にまで増やそうとしています。

こうした急速な拡大路線に対し、アメリカの経済アナリスト・ジャック・ルッソ氏は統制が効かない他社への商品提供は、監視下にある直営店に比べリスクが高いという懸念を示していますが、ガス氏は親会社のスターバックスが君臨するコーヒー市場で業績を伸ばすには、常識にとらわれない戦略が必要であると意気軒高です。

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